その翼《つばさ》、
夜の叫びも荒磯《ありそ》の黒潮も、
潮にみなぎる鬼哭《きこく》の啾々《しうしう》も
暫《しば》し唸《うな》りを鎮《しづ》めよ。万軍の
敵も味方も汝が矛《ほこ》地に伏せて、
今、大水の響に我が呼ばふ
マカロフが名に暫しは鎮まれよ。
彼を沈めて、千古の浪《なみ》狂ふ、
弦月遠きかなたの旅順口《りよじゆんこう》。

ものみな声を潜めて、極冬《こくとう》の
落日の威に無人の大砂漠
劫風《ごふふう》絶ゆる不動の滅の如、
鳴りをしづめて、ああ今あめつちに
こもる無言の叫びを聞けよかし。
きけよ、――敗者の怨《うら》みか、暗濤の
世をくつがへす憤怒《ふんぬ》か、ああ、あらず、――
血汐を呑《の》みてむなしく敗艦と
共に没《かく》れし旅順の黒※[#「樞」の「木」に換えて「さんずい」]裡《こくおうり》、
彼が最後の瞳《ひとみ》にかがやける
偉霊のちから鋭どき生の歌。

ああ偉《おほ》いなる敗者よ、君が名は
マカロフなりき。非常の死の波に
最後のちからふるへる人の名は
マカロフなりき。胡天《こてん》の孤英雄。
君を憶《おも》へば、身はこれ敵国の
東海遠き日本の一詩人、
敵乍《かたきなが
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