古びたる鞄をあけて

わが友は、古びたる鞄《かばん》をあけて、
ほの暗き蝋燭《らふそく》の火影《ほかげ》の散らぼへる床に、
いろいろの本を取り出だしたり。
そは皆この国にて禁じられたるものなりき。
やがて、わが友は一葉の写真を探しあてて、
「これなり」とわが手に置くや、
静かにまた窓に凭《よ》りて口笛を吹き出したり。
そは美くしとにもあらぬ若き女の写真なりき。


  げに、かの場末の

げに、かの場末の縁日の夜の
活動写真の小屋の中に、
青臭《くさ》きアセチレン瓦斯《ガス》の漂《ただよ》へる中に、
鋭くも響きわたりし
秋の夜の呼子の笛はかなしかりしかな。
ひょろろろと鳴りて消ゆれば、
あたり忽《たちま》ち暗くなりて、
薄青きいたづら小僧の映画ぞわが眼にはうつりたる。
やがて、また、ひょろろと鳴れば、
声嗄《か》れし説明者こそ、
西洋の幽霊《いうれい》の如《ごと》き手つきして、
くどくどと何事を語り出でけれ。
我はただ涙ぐまれき。

されど、そは、三年《みとせ》も前の記憶なり。
はてしなき議論の後の疲れたる心を抱き、
同志の中の誰彼《たれかれ》の心弱さを憎みつつ、
ただひとり、雨の夜の
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