は労働者――一個の機械職工なりき。
かれは常に熱心に、且《か》つ快活に働き、
暇《ひま》あれば同志と語り、またよく読書したり。
かれは煙草《たばこ》も酒も用ゐざりき。

かれの真摯《しんし》にして不屈、且つ思慮深き性格は、
かのジュラの山地のバクウニンが友を忍ばしめたり。
かれは烈《はげ》しき熱に冒《をか》されて、病の床に横《よこた》はりつつ、
なほよく死にいたるまで譫話《うはごと》を口にせざりき。

「今日は五月一日なり、われらの日なり。」
これ、かれのわれに遺《のこ》したる最後の言葉なり。
この日の朝《あした》、われはかれの病を見舞ひ、
その日の夕《ゆふべ》、かれは遂に永き眠りに入れり。

ああ、かの広き額《ひたひ》と、鉄槌《てつつゐ》のごとき腕《かひな》と、
しかして、また、かの生を恐れざりしごとく
死を恐れざりし、常に直視する眼と、
眼《まなこ》つぶれば今も猶わが前にあり。

彼の遺骸《ゐがい》は、一個の唯物論《ゆゐぶつろん》者として
かの栗の木の下に葬られたり。
われら同志の撰びたる墓碑銘《ぼひめい》は左の如し、
「われは何時《いつ》にても起つことを得る準備あり。」


  
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