が心、ふと浮気《ウハキ》出《ダ》し、
筆とりて書きたる文《フミ》は
見よやこの五七の調よ、

其昔、髯のホメロス
イリヤドを書きし如くに
すらすらと書きこそしたれ。
札幌は静けき都、夢に来よかし。

   反歌
白村が第二の愛児《マナゴ》笑むらむかはた
泣くらむか聞かまほしくも。
なつかしき我が兄弟《オトドヒ》よ我がために
文かけ、よしや頭掻《か》かずも。
北の子は独逸《ドイツ》語習ふ、いざやいざ
我が正等《タダシラ》よ競駒《クラベゴマ》せむ。
うつらうつら時すぎゆきて隣室の
時計二時うつ、いざ出社せむ。
  四十年九月二十三日
      札幌にて啄木拝
並木兄 御侍史


  無題

一年ばかりの間、いや一と月でも
一週間でも、三日でもいい。
神よ、もしあるなら、ああ、神よ、
私の願ひはこれだけだ。どうか、
身体《からだ》をどこか少しこはしてくれ痛くても
関《かま》はない、どうか病気さしてくれ!
ああ! どうか……

真白な、柔《やは》らかな、そして
身体がフウワリと何処までも――
安心の谷の底までも沈んでゆく様な布団《ふとん》の上に、いや
養老院の古畳の上でもいい、
何も考へずに
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