、また、かの生を恐れざりしごとく
死を恐れざりし、常に直視する眼と、
眼つぶれば今も猶わが前にあり。
彼の遺骸は、一個の唯物論者として、
かの栗の木の下に葬られたり。
われら同志の撰《えら》びたる墓碑銘は左の如し、
‘われには何時にても起つことを得る準備あり。’
古びたる鞄をあけて
[#地から2字上げ]一九一一・六・一六・TOKYO
わが友は、古びたる鞄《かばん》をあけて、
ほの暗き蝋燭《らふそく》の火影《ほかげ》の散らぼへる床に、
いろいろの本を取り出《い》だしたり。
そは皆この国にて禁じられたるものなりき。
やがて、わが友は一葉の写真を探しあてて、
‘これなり’とわが手に置くや、
静かにまた窓に凭《よ》りて口笛を吹き出《い》だしたり。
そは美くしとにもあらぬ若き女の写真なりき。
家
[#地から2字上げ]一九一一・六・二五・TOKYO
今朝《けさ》も、ふと、目のさめしとき、
わが家と呼ぶべき家の欲しくなりて、
顔洗ふ間もそのことをそこはかとなく思ひしが、
つとめ先より一日の仕事を了《を》へて帰り来て、
夕餉《ゆふげ》の後の茶を啜《すす》り、煙草をのめば、
むら
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