》かなりしかな。
さてわれは、また、かの夜の、
われらの会合に常にただ一人の婦人なる
Kのしなやかなる手の指環を忘るること能はず。
ほつれ毛をかき上ぐるとき、
また、蝋燭の心《しん》を截《き》るとき、
そは幾度かわが眼の前に光りたり。
しかして、そは実にNの贈れる約婚のしるしなりき。
されど、かの夜のわれらの議論に於いては、
かの女《ぢょ》は初めよりわが味方なりき。
書斎の午後
[#地から2字上げ]一九一一・六・一五・TOKYO
われはこの国の女を好まず。
読みさしの舶来の本の
手ざはりあらき紙の上に、
あやまちて零《こぼ》したる葡萄酒《ぶだうしゅ》の
なかなかに浸《し》みてゆかぬかなしみ。
われはこの国の女を好まず。
墓碑銘
[#地から2字上げ]一九一一・六・一六・TOKYO
われは常にかれを尊敬せりき、
しかして今も猶《なほ》尊敬す――
かの郊外の墓地の栗《くり》の木の下に
かれを葬りて、すでにふた月を経《へ》たれど。
実に、われらの会合の席に彼を見ずなりてより、
すでにふた月は過ぎ去りたり。
かれは議論家にてはなかりしかど、
なくてかなはぬ一人なりしが
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