さんが怎《どう》かしたてのかえ?』
『したか、しないか、お前さんが一番詳しく知つてる筈ぢやないか?』
『何云ふだべさ。』
『だつて、高見君が此家《こゝ》に居たのは本當だらう。』
『居ましたよ。』
『そして』
『そしてツて、私何も高見さんとは怎《どう》もしませんからさ。』
『ぢや誰と怎《どう》かしたんだい?』
『厭だ、私。』
と、足音荒くお芳が出て行く。
『馬鹿な奴だ。』
『天下の逸品ですね、アノ顏は。』
『ハハハ。皆に揶揄《からかは》れて嬉しがつてるから、可哀相《かあいさう》にも可哀相だがね。餓ゑたる女と云ふ奴かナ。』
『成程。ですけど、アノ顏ぢや怎《どう》も、マア揶揄《からか》つてやる位が一番の同情ですな。』
『それに餘程の氣紛れ者でね。稼ぎ出すと鼻唄をやり乍ら滅法稼いでるが、怠け出したら一日|主婦《おかみ》に怒鳴られ通しでも平氣なもんだ。それかと思ふと、夜の九時過に湯へ行つて來て、アノ階段《はしご》の下の小さな室で、一生懸命お化粧《つくり》をしてる事なんかあるんだ。正直には正直な樣だがね。』
『そら然《さ》うでせう。アノ顏で以て不正直と來た日にや、怎《どう》もなりませんからね。』

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