そんな》事があつた爲ですか、昨晩《ゆうべ》頻りに、貴方《あなた》がお出にならないツて、金村の奴心配してましたよ。』
『感付かれたと思つてるだらうさ。』
『然《さ》う/\、まだ心配してた人がありましたよ。』
『誰だえ?』
『市ちやんが行つてましてね。』
『誰と?』
『些《ちつ》とは心配ですかな。』
『馬鹿な……ハハハ。』
『小高に花助と三人でしたが、何故お出にならないだらうツて、眞實《ほんと》に心配してましたよ。』
『風向が惡くなつたね。』
『ハッハハ。だが、今夜はお出になるでせう?』
『左樣、行つても好いけどね。』
『但し市ちやんは、今夜來られないさうですが。』
『ぢや止《よ》さうか。』
と云つて、二人は聲を合せて笑つた。
『立つてて聞きましたよ。』
と、お芳が菓子皿を持つて入つて來た。
『何を?』
『聞きましたよ、私。』
『お前の知つた人の事で、材料《たね》が上つたツて小松君が話した所さ。』
『嘘だよ。』
『高見さんを知つてるだらう?』と小松君が云ふ。
『知って居りますさ、家に居た人だもの。』
『高見ツてのは何か、以前《もと》社に居たとか云ふ……?』
『ハ、然《さ》うです。』
『高見
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