に、「僕の方の編輯局は全然梁山伯だよ。」と云つた日下部君の言葉を思出す。月例會に逢つた限《きり》の菊池君が何故か目に浮ぶ。そして、何だか一度其編集局へ行つて見たい樣な氣がした。

      五

 三月一日は恰度《ちやうど》日曜日。快く目をさました時は、空が美しく晴れ渡つて、東向の窓に射す日が、塵に曇つた硝子を薄温かに染めて居た。
 日射が上から縮《ちゞま》つて、段々下に落ちて行く。颯《さつ》と室の中が暗くなつたと思ふと、モウ私の窓から日が遁げて、向合つた今井病院の窓が、遽かにキラ/\とする。午後一時の時計がチンと何處かで鳴つて、小松君が遊びに來た。
『昨晩《ゆうべ》怎《どう》でした。面白かつたかえ?』
『隨分な入でした。五百人位入つた樣でしたよ。』
『釧路座に五百人ぢや、棧敷が危險《あぶな》いね。』
『ええ、七時頃には木戸を閉めツちやツたんですが、大分|戸外《そと》で騷いでましたよ。』
『其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》だつたかな。最も、釧路ぢや琵琶會が初めてなんださうだからね。』
『それに貴方が又、馬鹿に景氣をつけてお書きなすツ
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