仇敵《かたき》の樣になつてるから、手紙一本書く氣もしなければ、書《ほん》など見ようとも思はぬ。凝然《ぢつ》として[#「て」は底本では「く」]洋燈《ランプ》の火を見つめて居ると、斷々《きれ/″\》な事が雜然《ごつちや》になつて心を掠める。何時《いつ》しか暗い陰影《かげ》が頭腦《あたま》に擴《はびこ》つて來る。私は、恁《か》うして何處へといふ確かな目的《あて》もなく、外套を引被《ひつか》けて外へ飛び出して了ふ。
 這※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《こんな》氣持がする樣になつてから、私は何故といふ理由もなしに「毎日」の日下部君と親しく往來する樣になつた。ト共に、初め材料を聞出す積りでチョイ/\飮みに行つたのが、此頃では其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》考へも無しに、唯モウ行かねば氣が落付かぬ樣で、毎晩の樣に華やかな絃歌の巷に足を運んだ。或時は小松君を伴れて、或時は日下部君と相携へて。
 星明りのする雪路を、身も心もフラ/\として歸つて來るのは、大抵十二時過であるが、私は、「毎日」社の小路の入口を通る度
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