も、
『私は「毎日新聞」の探訪で、菊池兼治と云ふ者であります。』
と挨拶するさうで、初めて警察へ行つた時は、案内もなしにヅカ/\事務室へ入つたので、深野と云ふ主任警部が、テッキリ無頼漢か何か面倒な事を云ひに來たと見たから、『貴樣は誰の許可《ゆるし》を得て入つたか?』
と突然怒鳴りつけたと云ふ事であつた。菊池君は又、時々職工と一緒になつて酒を飮む事があるさうで、「丸山」の番頭の話では、時として歸つて來ない晩もあると云ふ。其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》時は怎も米町《よねまち》(遊廓)へ行くらしいので、現に或時《いつか》の晩の如きは職工二人許りと連立つて行つた形跡があると云ふ事であつた。そして又、小松君は、聨隊區司令部には三日置位にしか材料が無いのに、菊池君が毎日アノ山の上まで行くと云つて、笑つて居た。
四時か四時半になると、私は算盤を取つた、順序紙につけてある行數を計算して、
『原稿|出切《できり》。』
と呼ぶ。ト、八戸君も小松君も、卓子《テーブル》から離れて各々《めい/\》自分の椅子を引ずつて煖爐《ストーブ》の周邊《あたり》に集る。
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