其擧動が吹き出さずに居られぬ程滑稽に見えて、何か戲談でも云ふと些《ちつ》とも可笑しくない。午前は商況の材料取に店※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]りをして、一時に警察へ行く。歸つてから校正刷の出初めるまでは、何も用が無いので、東京電報を譯さして見る事などもあるが、全然頭に働きが無い、唯五六通の電報に三十分も費して、それで間違ひだらけな譯をする。
 少し毛色の變つてるのは、小松君であつた。二十七八の、髭が無いから年よりはズット若く見えるが、大きい聲一つ出さぬ樣な男で居て、馬鹿に話好《はなしづ》きの、何日《いつ》でも輕い不安に襲はれて居る樣に、顏の肉を痙攣《ひきつ》けらせて居た。
 此小松君は又、暇さへあれば町を歩くのか好きだといふ事で、市井の細かい出來事まで、殆んど殘りなく聞込んで來る。私が、彼の「毎日」の菊池君に就いて、種々《いろ/\》の噂を聞いたのも、大抵此小松君からであつた。
 其話では、――菊池君は贅澤にも棧橋前の「丸山」と云ふ旅館に泊つて居て、毎日|草鞋《わらぢ》を穿《は》いて外交に※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]つて居る。そして、何處へ行つて
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