「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《こんな》理由とも氣が附かず、唯モウ暗い陰影《かげ》に襲はれると、自暴《やけ》に誇大な語を使つて書く、筆が一寸躓くと、くすんだ顏を上げて周圍を見る。周邊は何時でも平和だ、何事も無い。すると、私は穗先を噛んでアラヌ方を眺める。
主筆は鷹揚に淡白《あつさり》と構へて居る。八戸君は毎日役所※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]りをして來て、一生懸命になつて五六十行位雜報を書く。優しい髭を蓄へた、色白の、女に可愛がられる顏立で、以前は何處かの中學の教師をした人なさうだが、至極親切な君子人で、得意な代數幾何物理の割に筆は立たぬけれど、遊郭種となると、打つて變つて輕妙な警句に富んだものを書く、私の心に陰影《かげ》のさした時、よく飛沫《とばちり》の叱言《こごと》を食ふのは、編輯助手の永山であつた。永山はモウ三十を越した、何日でも髮をペタリとチックで撫でつけて居て、目が顏の兩端にある、頬骨の出た、ノッペリとした男で、醉つた時踊の眞似をする外に、何も能が無い、奇妙に生れついた男もあればあるもので、此男が眞面目になればなる程、
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