からも抑壓を享けるでもなく、却つて上の人から大事がられて、お愛嬌を云はれて居るので、隨分我儘に許り振舞つて居たが、フフンと云ふ氣持になつて、自分の境遇を輕蔑して見る樣になつて間もなくの事――其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》氣がし乍らも職務《しごと》には眞面目なもので、毎日十一時頃に出て四時過ぎまでに、大抵は三百行位も書きこなすのだから、手を休める暇と云つては殆ど無いのだが、――時として、筆の穂先を前齒で輕く噛みながら、何といふ事なしに苦蟲《にがむし》を噛みつぶした樣な顏をして居る事があつた。其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》時は、恰度《ちやうど》、空を行く雲が、明るい頭腦《あたま》の中へサッと暗い影を落した樣で、目の前の人の顏も、原稿紙も、何となしに煤《くす》んで、曇つて見える。ハッと氣が附いて、怎して這※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《こんな》氣持がしたらうと怪んで見る。それが日一日と數が多くなつて行く、時間も長く續く樣になつて行く。
或日、
前へ
次へ
全56ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング