常に鷹揚に構へて、部下の者の缺點は隨分手酷くやッつけるけれども、滅多に煽動《おだて》る事のない人であつた。で、私に對しても、極く淡白《きさく》に見せて居たが、何も云はねば云はぬにつけて、私は又此人の頭腦《あたま》がモウ餘程|乾涸《ひからび》て居て、漢文句調の幼稚な文章しか書けぬ事を知つて居るので、それとなく腹の中でフフンと云つて居る。
一體此編輯局には、他の新聞には餘り類のない一種の秩序――官衙風な秩序があつた。それは無論何處の社でも、校正係が主筆を捉へて「オイ君」などと云ふ事は無いものだけれど、それでも普通の社會と違つて、何といふ事なしに自由がある。所が、此編輯局には、主筆が社の柱石であつて動かすべからざる權力を持つて居るのと、其鷹揚な官吏的な態度とが、自然さう云ふ具合にしたものか、怎《どう》かは知らぬが、主筆なら未《ま》だしも、私までが「君」と云はずに「貴方《あなた》」と云はれる。言話のみでなく、凡ての事が然《さ》う云つた調子で、隨つて何日でも議論一つ出る事なく、平和で、無事で、波風の立つ日が無いと共に、部下の者に抑壓はあるけれど、自由の空氣が些《ちつ》とも吹かぬ。
私は無論誰
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