からか》ふのが厭になつて了ふので、其度《そのたび》、
『モウ行け、行け。何時まで人の邪魔するんだい、馬鹿奴。』
と怒鳴りつける。ト、芳ちゃんは小さい目を變な具合にして、
『ハイ行きますよ。貴方《あなた》の位《くれゑ》隔てなくして呉れる人ア無《ね》えだもの。』
と云つて、大人《おとな》しく出て行く。私は何日か、此女は、アノ大きな足で、「眞面目」といふものの影を消して歩く女だと考へた事があつた。
社に行くと、何日《いつ》でも事務室を通つて二階に上るのだが、餘り口も利かぬ目の凹んだあ事務長までが、私の顏を見ると、
『今日は橘さんへ郵便が來て居なんだか。』
と受付の者に聞くと云つた調子。編輯局へ入つても、兎角私のフフンと云ふ氣持を唆《そそ》る樣な話が出る。
其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》話を出さぬのは、主筆だけであつた。主筆は、體格の立派な、口髭の嚴《いかめ》しい、何處へ出しても敗《ひけ》をとらぬ風采の、四十年輩の男で、年より早く前頭の見事に禿げ上つてるのは、女の話にかけると甘くなる性《たち》な事を語つて居た。が、平生は至つて口少なな、
前へ
次へ
全56ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング