、踊をモ一つ所望した小松君の横顏、……それから、市子の顏を明瞭《はつきり》描いて見たいと云ふ樣な氣がして、折角努めて見たが、怎してか浮んで來ない。今度は、甚※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《どんな》氣がしてアノ手巾《ハンカチ》を私の袂に入れたのだらうと考へて見たが、否、不圖すると、アレは市子でなくて、名は忘れたが、ソレ、アノ何とか云つた、色の淺黒い貧相な奴が、入れたんぢやないかと云ふ氣がした。が、これには自分ながら直ぐ可笑《をかし》くなつて了つて、又しても「左の袂、左の袂」を思ひ出す。……
「ウワッハハ」と高く笑つて、薄く雪明のした小路を、大跨に歩き去つた。――其後姿が目に浮ぶと、(此朝私の頭腦は餘程空想的になつて居たので、)種々《いろ/\》な事が考へられた。
 大跨に、然《さ》うだ、菊池君は普通の足調《あしどり》でなく、屹度大跨に歩く人だ。無雜作に大跨に歩く人だ。大跨に歩くから、時としてドブリと泥濘《ぬかるみ》へ入る、石に躓《つまづ》く、眞暗な晩には溝にも落《おつ》こちる、若しかして溝が身長よりも深いとなると、アノ人の事だから、其溝の中を大跨に
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