たが、怎やら少しも醉つて居ない樣に見えた。
 休坂《やすみざか》を下りて眞砂町の通りへ出た時は、主筆と私と八戸君と三人|限《きり》になつて居た。『隨分贅澤な會を行《や》りますねえ。』と私が云ふと、
『ナニあれでも一人一圓五十錢位なもんです。藝者は何の料理屋でも、ロハで寄附させますから。』と主筆が答へた。私は何だか少し不愉快な感じがした。
 一二町歩いてから、
『可笑《をかし》な奴でせう、君。』
と主筆が云ふ。私は、市子の事ぢやないかと、一寸|狼狽《うろた》へたが、
『誰がです?』
と何氣なく云ふと、
『菊池ツて男がさ。』
『アッハハハ。』
と私は高く笑つた。

      三

 翌日は日曜日、田舍の新聞は暢氣《のんき》なもので、官衙や學校と同じに休む。私は平日《いつも》の如く九時頃に眼を覺した。恐ろしく喉が渇《かは》いて居るので、頭を擡げて見※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]したが、下に持つて行つたと見えて鐵瓶が無い。用の無いのに起きるのも詰らず、寒さは寒し、さればと云つて床の中で手を拍つて、女中を呼ぶのも變だと思つて、また仰向になつた。幸ひ其處へ醜女《みたくなし》の
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