更白かつた。戀に泣かぬ女の眼は若い。
踊が濟んだ時、一番先に「巧い。」と胴間聲を上げて、菊池君はまた人の目を引いた。「實に巧い、モ一つ、モ一つ。」と雀躍《こをどり》する樣にして云つた小松君の語が、三四人の反響を得て、市子は再立つ。
此度のは、「權兵衞が種蒔けや烏がほじくる。」とか云ふ、頗る道化たもので「腰付がうまいや。」と志田君が呟いて居たが、私は、「若し藝妓の演藝會でもあつたら此妓を賞めて書いてやらう。」と云つた樣な事を、醉うた頭に覺束なく考へて居た。
踊の濟むのを機會に飯が出た。食ふ人も食はぬ人もあつたが、飯が濟むと話がモウ勢《はず》んで來ない。歸る時、誰やらが後から外套を被《か》けて呉れた樣だつたが、賑やかに送り出されて、戸外《そと》へ出ると、菊池君が、私の傍へ寄つて來た。
『左の袂、左の袂。』
と云ふ。私は、何を云ふのかと思ひ乍ら、袂に手を入れて見ると、何かしら柔かな物が觸つた。モウ五六間も門口の瓦斯燈から離れてよくは見えなかつたが、それは何か美しい模樣のある淡紅色《ときいろ》の手巾《ハンカチ》であつた。
『ウワッハハハ。』と大きな聲で笑つて、菊池君は大跨に先に立つて行つ
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