芳ちやんが、新聞を持つて入つて來たので、知つてる癖に『モウ何時だい』と聞くと、
『まだ早いから寢て居なされよ、今日は日曜だもの。』
と云つて出て行く。
『オイ/\、喉が渇いて仕樣が無いよ。』
『そですか。』
『そですかぢやない。眞《ほんと》に渇くんだよ、昨晩《ゆうべ》少し飮んで來たからな。』
『少しなもんですか。』
と云つたが、急にニヤ/\と笑つて立戻つて來て、私の枕頭に膝をつく。また戯《ぢや》れるなと思ふと、不恰好な赤い手で蒲團の襟を敲いて、
『私に一生《いつしよ》のお願ひがあるで、貴君《あんた》聽いて呉れますか?』
『何だい?』
『マアさ。』
『お湯を持つて來て呉れたら、聽いてやらん事もない。』
『持つて來てやるで。あのね、』と笑つたが『貴方|好《え》え物持つてるだね。』
『何をさ?』
『白ッぱくれても駄目ですよ。貴方の顏さ書いてるだに、半可臭《はんかくせ》え。』
『喉が渇いたとか?』
『戯談ば止しなされ。これ、そんだら何ですか。』と手を延べて、机の上から何か取る樣子。それは昨晩の淡紅色《ときいろ》の手巾《ハンカチ》であつた。市子が種蒔を踊つた時の腰付が、チラリと私の心に浮ぶ。
『
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