皮肉家に見せたら、顏が逆さになつて居るといふかも知れぬ。二十年も着古した樣で、何色とも云へなくなつた洋服の釦が二つ迄取れて居て、窄袴《ずぼん》の膝は、兩方共、不手際に丸く黒羅紗のつぎ[#「つぎ」に傍点]が當ててあつた。剩へ洋襪《くつした》も足袋も穿いて居ず、膝を攫んだ手の指の太さは、よく服裝と釣合つて、放浪漢《ごろつき》か、土方の親分か、何れは人に喜ばれる種類の人間に見えなかつた。然し其顏は、見なれると、鬚で脅して居る程ではなく、形の整つた鼻、澁みを帶びて威のある眼、眼尻に優しい情が罩《こも》つて、口の結びは少しく顏の締りを弛めて居るけれど、若し此人に立派な洋服を着せたら、と考へて、私は不意に、河野廣中の寫眞を何處かで見た事を思出した。
 菊池君から四人目、恰度《ちやうど》私と向合つて居て、藝妓を取次に二三度盃の献酬をした日下部君は、時々此方を見て居たが、遂々《とう/\》盃を握つて立つて來た。ガッシリした身體を市子と並べて坐つて不作法に四邊を見※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]したが、
『高い聲では云へぬけれど。』と低くもない聲で云つて、
『僕も新參者だから、新しく來た
前へ 次へ
全56ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング