座を見※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]したが、私とは斜に一番遠い、末席の空席に悠然《ゆつたり》と胡坐《あぐら》をかく。
皆は、それとなく此人の爲す所を見て居たが、菊池君は兩手に膝頭を攫《つか》んで、俯向いて自分の前の膳部を睨んで居るので、誰しも話しかける機會を失つた。私は、空になつて居た盃を取上げて、「今來た方へ。」と市子に渡した時、志田君も殆ど同時に同じ事を云つて盃を市子に渡した。市子は二つ捧げて立つて行つたが、
『彼方《あつち》のお方からお取次で厶います。』
『誰方《どなた》?』
と、菊池君は呟《つぶや》く樣に云つて顏を擧げる。
『アノ』と、私を見た盃を隣へ逸らして、『志田さんと仰しやる方。』
菊池君は、兩手に盃を持つた儘、志田君を見て一寸頭を下げた。
『モ一つは其お隣の、…………橘さん。』と目を落す。
菊池君は私には叩頭《おじぎ》をして、滿々と酌を享けたが、此|擧動《やうす》は何となく私に興を催させた。
放浪漢《ごろつき》みたいなと主筆が云つた。成程、新聞記者社會には先づ類の無い風采で、極く短く刈り込んだ頭と、眞黒に縮れて、乳の邊まで延びた頬と顋の鬚が、
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