膳部が運ばれた。「入交《いりまぜ》になつた方が可からう。」と云ふ、私の方の主筆の發端で、人々は一時ドヤドヤと立つたが、
『男振の好い人の中に入ると、私の顏が一層惡く見えて不可《いかん》けれども。』
と笑ひながら、志田君は私と西山社長との間に坐つた。
酒となると談話が急に噪《はしや》ぐ。其處にも此處にも笑聲が起つた。五人の藝妓の十の袂が、銚子と共に忙がしく動いて、艶《なまめ》いた白粉の香が、四角に立てた膝をくづさせる。點けた許りの明るい吊洋燈《つるしランプ》の周匝《あたり》には、莨の煙が薄く渦を卷いて居た。
親善を厚うするとか、相互の利害を議するとか、連絡を圖るとか、趣旨は頗る立派であつたけれど、月例會は要するに、飮んで、食つて、騷ぐ會なので、主筆の所謂人の惡い奴許りだから、隨分と方々に圓滑な皮肉が交換されて、其度にさも面白相な笑聲が起る。意外《とんだ》事を素破《すつぱ》拔かれた藝妓が、對手が新聞記者だけに、弱つて了つて、援助を朋輩に求めてるのもあれば、反對に藝妓から素破《すつぱ》拔かれて頭を掻く人もある。五人の藝妓の中、其處からも此處からも名を呼び立てられるのは、時々編集局でも名を
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