、君も又飄然として遙かに故園に去る、――此八戸を去る。好《よ》し、行け、去れ、去つて再び問ふこと勿れ。たゞ、願はくは朱雲天野大助と云ふ世外の狂人があつたと丈けは忘れて呉れ給ふな。……解つたか、石本。」と云つて、ヂッと僕を凝視《みつめ》るのです。「解りました。」ツて頭を下げましたが、返事がない。見ると、天野君は兩膝に手をついて、俯向《うつむ》いて目を瞑《つむ》つてました。解りましたとは云つたものの、僕は實際何もかも解らなくなつて、唯斯う胸の底を掻きむしられる樣で、ツイと立つて入口へ行つたです。目がしきりなく曇るし、手先が慄へるし、仲々草鞋が穿《は》けなかつたですが、やう/\紐をどうやら結んで、丸飯の新聞包を取り上げ乍ら見ると、噫、天野君は死んだ樣に突伏《つつぷ》してます。「お別れです。」と辛うじて云つて見ましたが、自分の聲の樣で無い、天野君は突伏した儘で、「行け。」と怒鳴るんです。僕はモウ何とも云へなくなつて、大聲に泣きながら驅け出しました。路次の出口で振返つて見ましたが、無論入口には出ても居ません。見送って呉れる事も出來ぬ程悲しんで呉れるのかと思ひますと、有難いやら嬉しいやら怨めしいや
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