二三度見て知つてますが、鯰髭《なまづひげ》の隨分|變梃《へんてこ》な高麗人《かうらいじん》でネ。その校長と素晴しい議論をやつて勝つたんですとサ。それでに二三日經つと突然免職なんです。今月の十四五日の頃でした。』
『さうでしたか。』と自分は云つたが、この石本の言葉には、一寸顏にのぼる微笑を禁じ得なかつた。何處の學校でも、校長は鯰髭の高麗人で、議論をすると屹度《きつと》敗《ま》けるものと見える。
然し此微笑も無論三秒とは續かなかつた。石本の沈痛なる話が直ぐ進む。
『學校を罷めてからといふもの、天野君は始終考へ込んで許り居たんですがネ。「少し散歩でもせんと健康が衰へるんでせう。」といふと、「馬鹿ツ。」と云ふし、「何を考へて居るのです。」ツて云へば、「君達に解る樣な事は考へぬ。」と來るし、「解脱《げだつ》の路に近づくのでせう。」なんて云ふと、「人生は隧道《トンネル》だ。行くところまで行かずに解脱の光が射してくるものか。」と例の口調なんですネ。行つた時は、平生《いつも》のやうに入口の戸が閉《しま》つて居ました。初めての人などは不在かと思ふんですが。戸を閉めて置かないと自分の家に居る氣がしないと
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