。バイロンといふ人があつた。トルストイは生きて居る。ゴルキーが以前|放浪者《ごろつき》で、今肺病患者である。露西亞は日本より豪い。我々はまだ年が若い。血のない人間は何處に居るか。……ああ、一切の問題が皆火の種だ。自分も火だ。五十幾つの胸にも火事が始まる。四間に五間の教場は宛然《さながら》熱火の洪水だ。自分の骨《ほね》露《あら》はに痩せた拳が礑《はた》と卓子《テーブル》を打つ。と、躍り上るものがある、手を振るものがある。萬歳と叫ぶものがある。完《まつ》たく一種の暴動だ。自分の眼瞼《まぶた》から感激の涙が一滴溢れるや最後、其處にも此處にも聲を擧げて泣く者、上氣して顏が火と燃え、聲も得《え》出《だ》さで革命の神の石像の樣に突立つ者、さながら之れ一|幅《ぷく》生命反亂の活畫圖《くわつぐわづ》が現はれる。涙は水ではない、心の幹をしぼつた樹脂《やに》である、油である。火が愈々燃え擴がる許りだ。『千九百○六年……此年○月○日、S――村尋常高等小學校内の一教場に暴動起る』と後世の世界史が、よしや記《しる》さぬまでも、この一場の恐るべき光景は、自分並びに五十幾人のジャコビン黨の胸板には、恐らく「時」の破
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