英語と外國歴史の大體とを一時間宛とは表面だけの事、實際は、自分の有つて居る一切の知識、(知識といつても無論貧少なものであるが、自分は、然し、自ら日本一の代用教員を以て任じて居る。)一切の不平、一切の經驗、一切の思想――つまり一切の精神が、この二時間のうちに、機を覗ひ時を待つて、吾が舌端より火箭《くわせん》となつて迸しる。的《まと》なきに箭《や》を放つのではない。男といはず女といはず、既に十三、十四、十五、十六、といふ年齡の五十幾人のうら若い胸、それが乃《すなは》ち火を待つばかりに紅血《こうけつ》の油を盛つた青春の火盞《ひざら》ではないか。火箭が飛ぶ、火が油に移る、嗚呼そのハッ/\と燃え初《そ》むる人生の烽火《のろし》の煙の香ひ! 英語が話せれば世界中何處へでも行くに不便はない。ただこの平凡な一句でも自分には百萬の火箭を放つべき堅固な弦《つる》だ。昔|希臘《ギリシヤ》といふ國があつた。基督が磔刑《はりつけ》にされた。人は生れた時何物をも持つて居ないが精神だけは持つて居る。羅馬は一都府の名で、また昔は世界の名であつた。ルーソーは歐羅巴中に響く喇叭を吹いた。コルシカ島はナポレオンの生れた處だ
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