恐ろしい沈默が續いた。四人の職員は皆各自の卓子に割據して居た。この沈默を破つた一番鎗は古山|朴《ほう》の木である。
『其歌は校長さんの御認可を得たのですか。』
『イヤ、決して、斷じて、許可を下した覺えはありませぬ。』と校長は自分の代りに答へて呉れる。
 自分はケロリとして煙管を啣《くは》へ乍ら、幽かな微笑を女教師の方に向いて洩した。古山もまた煙草を吸ひ始める。
 校長は、と見ると、何時の間にか赤くなつて、鼻の上から水蒸氣が立つて居る。『どうも、餘りと云へば自由が過ぎる。新田さんは、それあ新教育も享けてお出でだらうが、どうもその、少々身勝手が過ぎるといふもんで……。』
『さうですか。』
『さうですかツて、それを解らぬ筈はない。一體その、エート、確か本年四月の四日の日だつたと思ふが、私が郡視學さんの平野先生へ御機嫌伺ひに出た時でした。さう、確かに其時です。新田さんの事は郡視學さんからお話があつたもんだで、遂《つい》私も新田さんを此學校に入れた次第で、郡視學さんの手前もあり、今迄は隨分私の方で遠慮もし、寛裕《おほめ》にも見て置いた譯であるが、然し、さう身勝手が過ぎると、私も一校の司配を預かる
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