校長として、』と句を切つて、一寸反り返る。此機を逸《はづ》さず自分は云つた。
『どうぞ御遠慮なく。』
『不埓《ふらち》だ。校長を屁とも思つて居らぬ。』
 この聲は少し高かつた。握つた拳で卓子をドンと打つ、驚いた樣に算盤が床へ落ちて、けたゝましい音を立てた。自分は今迄校長の斯う活氣のある事を知らなかつた。或は自白する如く、今日迄は郡視學の手前遠慮して居たかも知れない。然し彼の云ふ處は實際だ。自分は實際此校長位は屁とも思つて居ないのだもの。この時、後の障子に、サと物音がした。マダム馬鈴薯が這ひ出して來て、樣子如何にと耳を濟まして居るらしい。
『只今伺つて居りました處では、』と白ツぱくれて古山が口を出した、『どうもこれは校長さんの方に理がある樣に、私には思はれますので、然し新田さんも別段お惡い處もない、唯その校歌を自分勝手に作つて、自分勝手に生徒に教へたといふ、つまり、順序を踏まなかつた點が、大に、イヤ、多少間違つて居るのでは有るまいかと、私には思はれます。』
『此學校に校歌といふものがあるのですか。』
『今迄さういふものは有りませんで御座んした。』
『今では?』
 今度は校長が答へた。『現
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