ればすぐ小説なぞを書くんださうだ。それで教育者の一人とは呆れる外はない。實に、どうも……。然し、これはマア別の話だが。新田さん、學校には、畏くも文部大臣からのお達しで定められた教授細目といふのがありますぞ。算術、國語、地理、歴史は勿論の事、唱歌、裁縫の如きでさへ、チヤンと細目が出來て居ます。私共長年教育の事業に從事した者が見ますと、現今の細目は實に立派なもので、精に入り微を穿つとでも云ひませうか。彼是十何年も前の事ですが、私共がまだ師範學校で勉強して居た時分、其の頃で早や四十五圓も取つて居た小原銀太郎と云ふ有名な助教諭先生の監督で、小學校教授細目を編んだ事がありますが、其時のと今のと比較して見るに、イヤ實にお話にならぬ、冷汗《ひやあせ》です。で、その、正眞《ほんたう》の教育者といふものは、其完全無缺な規定の細目を守つて、一毫亂れざる底《てい》に授業を進めて行かなければならない、若しさもなければ、小にしては其教へる生徒の父兄、また月給を支拂つてくれる村役場にも甚だ濟まない譯、大にしては我々が大日本の教育を亂すといふ罪にも坐する次第で、完たく此處の所が、我々教育者にとつて最も大切な點であらうと私などは、既に十年の餘も、――此處へ來てからは、まだ四年と三ヶ月にしか成らぬが、――努力精勵して居るのです。尤も、細目に無いものは一切教へてはならぬといふのではない。そこはその、先刻から古山さんも頻りに主張して居られる通り、物には順序がある。順序を踏んで認可を得た上なれば、無論教へても差支へがない。若しさうでなくば、只今|諄々《じゆん/\》と申した樣な仕儀になり、且つ私も校長を拜命して居る以上は、私に迄責任が及んで來るかも知れないのです。それでは、何うもお互に迷惑だ。のみならず吾校の面目をも傷ける樣になる。』
『大變な事になるんですね。』と自分は極めて洒々《しやあ/\》たるものである。尤も此お説法中は、時々失笑を禁じえなんだので、それを噛み殺すに少からず骨を折つたが。『それでつまり私の作つた歌が其完全無缺なる教授細目に載つて居ないのでせう。』
『無論ある筈がないでサア。』と古山。
『ない筈ですよ。二三日前に作つた許りですもの。アハヽヽヽ。先刻からのお話は、結局あの歌を生徒に歌はせては不可ん、といふ極く明瞭な一事に歸着するんですね。色々の順序の枝だの細目の葉だのを切つて了つて、肝膽を
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