と思つたのか、それとも怒つたのか、耳の根迄紅くなつて、鉛筆の尖《さき》でコツ/\と卓子《テーブル》を啄《つつ》いて居る。
古山が先づ口を切つた。『然し、物には總て順序がある。其順序を踏まぬ以上は、……一足飛びに陸軍大將にも成れぬ譯ですて。』成程古今無類の卓説である。
校長が續いた。『其正當の順序を踏まぬ以上は、たとへ校歌に採用して可いものであつても未だ校歌とは申されない。よし立派な免状を持つて居らぬにしても、身を教育の職に置いて月給迄貰つて居る者が、物の順序を考へぬとは、餘りといへば餘りな事だ。』
云ひ終つて堅く口を閉ぢる。氣の毒な事に其へ[#「へ」に白丸傍点]の字が餘り恰好がよくないので。
女神の視線が氷の矢の如く自分の顏に注がれた。返答如何にと促がすのであらう。トタンに、無雜作に、といふよりは寧ろ、無作法に束ねられた髮から、櫛が辷り落ちた。敢て拾はうともしない。自分は笑ひながら云うた。
『折角順序々々と云ふお言葉ですが、一體何ういふ順序があるのですか。恥かしい話ですが、私は一向存じませぬので。……若し其校歌採用の件とかの順序を知らない爲めに、他日誤つて何處かの校長にでもなつた時、失策する樣な事があつても大變ですから、今教へて頂く譯に行きませぬでせうか。』
校長は苦《にが》り切つて答へた。『順序と云つても別に面倒な事はない。第一に(と力を入れて)校長が認定して、可いと思へば、郡視學さんの方へ屆けるので、それで、ウム、その唱歌が學校生徒に歌はせて差支へない、と云ふ認可が下りると、初めて校歌になるのです。』
『ハヽア、それで何ですな、私の作つたのは、其正當の順序とかいふ手數にかけなかつたので、詰り、早解りの所が、落第なんですな。結構です。作者の身に取つては、校歌に採用されると、されないとは、完く屁の樣な問題で、唯自分の作つた歌が生徒皆に歌はれるといふ丈けで、もう名譽は十分なんです。ハヽヽヽヽ。これなら別に論はないでせう。』
『然し、』と古山が繰り出す。此男然し[#「然し」に白丸傍点]が十八番《おはこ》だ。『その學校の生徒に歌はせるには矢張り校長さんなり、また私なりへ、一應其歌の意味でも話すとか、或は出來上つてから見せるとかしたら隱便で可いと、マア思はれるのですが。』
『のみならず、學校の教案などは形式的で記《しる》す必要がないなどと云つて居て、宅《うち》へ歸
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