一膳飯屋へ行くのか。
B 上《かみ》は精養軒の洋食から下《しも》は一膳飯、牛飯、大道の焼鳥に至るさ。飯屋にだってうまい物は有るぜ。先刻《さっき》来る時はとろろ飯を食って来た。
A 朝には何を食う。
B 近所にミルクホールが有るから其処《そこ》へ行く。君の歌も其処で読んだんだ。何でも雑誌をとってる家だからね。(間)そうそう、君は何日《いつ》か短歌が滅びるとおれに言ったことがあるね。この頃その短歌滅亡論という奴が流行《はや》って来たじゃないか。
A 流行るかね。おれの読んだのは尾上柴舟《おのえさいしゅう》という人の書いたのだけだ。
B そうさ。おれの読んだのもそれだ。然《しか》し一人が言い出す時分にゃ十人か五人は同じ事を考えてるもんだよ。
A あれは尾上という人の歌そのものが行きづまって来たという事実に立派な裏書《うらがき》をしたものだ。
B 何を言う。そんなら君があの議論を唱えた時は、君の歌が行きづまった時だったのか。
A そうさ。歌ばかりじゃない、何もかも行きづまった時だった。
B しかしあれには色色|理窟《りくつ》が書いてあった。
A 理窟は何にでも着くさ。ただ世の中のことは一つだっ
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