は負わない。待てよ、これは、何日《いつ》か君から聞いた議論だったね。
A どうだか。
B どうだかって、たしかに言ったよ。文芸上の作物は巧《うま》いにしろ拙《まず》いにしろ、それがそれだけで完了してると云う点に於て、人生の交渉は歴史上の事柄と同じく間接だ、とか何んとか。(間)それはまあどうでも可いが、とにかくおれは今後無責任を君の特権として認めて置く。特待生だよ。
A 許してくれ。おれは何よりもその特待生が嫌《きら》いなんだ。何日だっけ北海道へ行く時青森から船に乗ったら、船の事務長が知ってる奴だったものだから、三等の切符を持ってるおれを無理矢理に一等室に入れたんだ。室だけならまだ可いが、食事の時間になったらボーイを寄こしてとうとう食堂まで引張り出された。あんなに不愉快な飯を食ったことはない。
B それは三等の切符を持っていた所為《せい》だ。一等の切符さえ有れあ当り前じゃないか。
A 莫迦《ばか》を言え。人間は皆赤切符だ。
B 人間は皆赤切符! やっぱり話せるな。おれが飯屋へ飛び込んで空樽《あきだる》に腰掛けるのもそれだ。
A 何だい、うまい物うまい物って言うから何を食うのかと思ったら、
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