て理窟によって推移していないだけだ。たとえば、近頃の歌は何首|或《あるい》は何十首を、一首一首引き抜いて見ないで全体として見るような傾向になって来た。そんなら何故《なぜ》それらを初めから一つとして現さないか。一一分解して現す必要が何処にあるか、とあれに書いてあったね。一応|尤《もっと》もに聞えるよ。しかしあの理窟に服従すると、人間は皆死ぬ間際《まぎわ》まで待たなければ何も書けなくなるよ。歌は――文学は作家の個人性の表現だということを狭く解釈してるんだからね。仮に今夜なら今夜のおれの頭の調子を歌うにしてもだね。なるほどひと晩のことだから一つに纏《まと》めて現した方が都合は可いかも知れないが、一時間は六十分で、一分は六十秒だよ。連続はしているが初めから全体になっているのではない。きれぎれに頭に浮んで来る感じを後《あと》から後からときれぎれに歌ったって何も差支《さしつか》えがないじゃないか。一つに纏める必要が何処にあると言いたくなるね。
B 君はそうすっと歌は永久に滅びないと云うのか。
A おれは永久という言葉は嫌いだ。
B 永久でなくても可い。とにかくまだまだ歌は長生《ながいき》すると思うのか。
A 長生はする。昔から人生五十というが、それでも八十位まで生きる人は沢山ある。それと同じ程度の長生はする。しかし死ぬ。
B 何日になったら八十になるだろう。
A 日本の国語が統一される時さ。
B もう大分統一されかかっているぜ。小説はみんな時代語になった。小学校の教科書と詩も半分はなって来た。新聞にだって三分の一は時代語で書いてある。先を越してローマ字を使う人さえある。
A それだけ混乱していたら沢山じゃないか。
B うむ。そうすっとまだまだか。
A まだまだ。日本は今三分の一まで来たところだよ。何もかも三分の一だ。所謂《いわゆる》古い言葉と今の口語と比べてみても解る。正確に違って来たのは、「なり」「なりけり」と「だ」「である」だけだ。それもまだまだ文章の上では併用されている。音文字《おんもじ》が採用されて、それで現すに不便な言葉がみんな淘汰《とうた》される時が来なくちゃ歌は死なない。
B 気長い事を言うなあ。君は元来|性急《せっかち》な男だったがなあ。
A あまり性急だったお蔭《かげ》で気長になったのだ。
B 悟ったね。
A 絶望したのだ。
B しかしとにかく今の我々の言葉が五とか七とかいう調子を失ってるのは事実じゃないか。
A 「いかにさびしき夜なるぞや」「なんてさびしい晩だろう」どっちも七五調じゃないか。
B それは極《きわ》めて稀《まれ》な例だ。
A 昔の人は五七調や七五調でばかり物を言っていたと思うのか。莫迦。
B これでも賢いぜ。
A とはいうものの、五と七がだんだん乱れて来てるのは事実だね。五が六に延び、七が八に延びている。そんならそれで歌にも字あまりを使えば済むことだ。自分が今まで勝手に古い言葉を使って来ていて、今になって不便だもないじゃないか。なるべく現代の言葉に近い言葉を使って、それで三十一字に纏《まとま》りかねたら字あまりにするさ。それで出来なけれあ言葉や形が古いんでなくって頭が古いんだ。
B それもそうだね。
A のみならず、五も七も更に二とか三とか四とかにまだまだ分解することが出来る。歌の調子はまだまだ複雑になり得る余地がある。昔は何日《いつ》の間にか五七五、七七と二行に書くことになっていたのを、明治になってから一本に書くことになった。今度はあれを壊《こわ》すんだね。歌には一首一首|各《おのおの》異った調子がある筈《はず》だから、一首一首別なわけ方で何行かに書くことにするんだね。
B そうすると歌の前途はなかなか多望なことになるなあ。
A 人は歌の形は小さくて不便だというが、おれは小さいから却《かえ》って便利だと思っている。そうじゃないか。人は誰でも、その時が過ぎてしまえば間もなく忘れるような、乃至《ないし》は長く忘れずにいるにしても、それを言い出すには余り接穂《つぎほ》がなくてとうとう一生言い出さずにしまうというような、内から外からの数限りなき感じを、後から後からと常に経験している。多くの人はそれを軽蔑《けいべつ》している。軽蔑しないまでも殆《ほとん》ど無関心にエスケープしている。しかしいのちを愛する者はそれを軽蔑することが出来ない。
B 待てよ。ああそうか。一分は六十秒なりの論法だね。
A そうさ。一生に二度とは帰って来ないいのちの一秒だ。おれはその一秒がいとしい。ただ逃がしてやりたくない。それを現すには、形が小さくて、手間暇《てまひま》のいらない歌が一番便利なのだ。実際便利だからね。歌という詩形を持ってるということは、我々日本人の少ししか持たない幸福のうちの一つだよ。(間)おれはいのち[#「いのち」に傍点]
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