れ
小心《せうしん》の役場の書記の
気の狂《ふ》れし噂《うはさ》に立てる
ふるさとの秋
わが従兄《いとこ》
野山の猟《かり》に飽《あ》きし後《のち》
酒のみ家《いへ》売り病《や》みて死にしかな
我ゆきて手をとれば
泣きてしづまりき
酔《ゑ》ひて荒《あば》れしそのかみの友
酒のめば
刀《かたな》をぬきて妻を逐《お》ふ教師《けうし》もありき
村を遂《お》はれき
年ごとに肺病《はいびやう》やみの殖《ふ》えてゆく
村に迎へし
若き医者かな
ほたる狩《がり》
川にゆかむといふ我を
山路《やまぢ》にさそふ人にてありき
馬鈴薯《ばれいしよ》のうす紫の花に降《ふ》る
雨を思へり
都《みやこ》の雨に
あはれ我がノスタルジヤは
金《きん》のごと
心に照れり清くしみらに
友として遊ぶものなき
性悪《しやうわる》の巡査の子等《こら》も
あはれなりけり
閑古鳥《かんこどり》
鳴く日となれば起《おこ》るてふ
友のやまひのいかになりけむ
わが思ふこと
おほかたは正《ただ》しかり
ふるさとのたより着《つ》ける朝《あした》は
今日聞けば
かの幸《さち》うすきやもめ人《びと》
きたなき恋に身を入《い》るるてふ
わがために
なやめる魂《たま》をしづめよと
讃美歌うたふ人ありしかな
あはれかの男のごときたましひよ
今は何処《いづこ》に
何を思ふや
わが庭の白き躑躅《つつじ》を
薄月《うすづき》の夜《よ》に
折《を》りゆきしことな忘れそ
わが村に
初めてイエス・クリストの道を説《と》きたる
若き女かな
霧ふかき好摩《かうま》の原《はら》の
停車場の
朝の虫こそすずろなりけれ
汽車の窓
はるかに北にふるさとの山見え来《く》れば
襟《えり》を正《ただ》すも
ふるさとの土をわが踏めば
何がなしに足|軽《かろ》くなり
心|重《おも》れり
ふるさとに入《い》りて先《ま》づ心|傷《いた》むかな
道広くなり
橋もあたらし
見もしらぬ女教師《をんなけうし》が
そのかみの
わが学舎《まなびや》の窓に立てるかな
かの家《いへ》のかの窓にこそ
春の夜《よ》を
秀子《ひでこ》とともに蛙《かはづ》聴《き》きけれ
そのかみの神童《しんどう》の名の
かなしさよ
ふるさとに来て泣くはそのこと
ふるさとの停車場路《ていしやばみち》の
川ばたの
胡桃《くるみ》の下に小石|拾《ひろ》へり
ふるさとの山に向ひて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな
秋風のこころよさに
ふるさとの空|遠《とほ》みかも
高《たか》き屋《や》にひとりのぼりて
愁《うれ》ひて下《くだ》る
皎《かう》として玉をあざむく小人《せうじん》も
秋《あき》来《く》といふに
物を思へり
かなしきは
秋風ぞかし
稀《まれ》にのみ湧《わ》きし涙の繁《しじ》に流るる
青に透《す》く
かなしみの玉に枕《まくら》して
松のひびきを夜もすがら聴《き》く
神|寂《さ》びし七山《ななやま》の杉
火のごとく染めて日|入《い》りぬ
静かなるかな
そを読めば
愁《うれ》ひ知るといふ書《ふみ》焚《た》ける
いにしへ人《びと》の心よろしも
ものなべてうらはかなげに
暮れゆきぬ
とりあつめたる悲しみの日は
水潦《みづたまり》
暮れゆく空とくれなゐの紐《ひも》を浮べぬ
秋雨《あきさめ》の後《のち》
秋立つは水にかも似る
洗《あら》はれて
思ひことごと新しくなる
愁《うれ》ひ来て
丘にのぼれば
名も知らぬ鳥|啄《ついば》めり赤き茨《ばら》の実《み》
秋の辻《つじ》
四《よ》すぢの路《みち》の三すぢへと吹きゆく風の
あと見えずかも
秋の声まづいち早く耳に入《い》る
かかる性《さが》持つ
かなしむべかり
目になれし山にはあれど
秋|来《く》れば
神や住まむとかしこみて見る
わが為《な》さむこと世に尽《つ》きて
長き日を
かくしもあはれ物を思ふか
さららさらと雨落ち来《きた》り
庭の面《も》の濡《ぬ》れゆくを見て
涙わすれぬ
ふるさとの寺の御廊《みらう》に
踏《ふ》みにける
小櫛《をぐし》の蝶《てふ》を夢にみしかな
こころみに
いとけなき日の我となり
物言ひてみむ人あれと思ふ
はたはたと黍《きび》の葉鳴れる
ふるさとの軒端《のきば》なつかし
秋風吹けば
摩《す》れあへる肩のひまより
はつかにも見きといふさへ
日記《にき》に残れり
風流男《みやびを》は今も昔も
泡雪《あわゆき》の
玉手《たまで》さし捲《ま》く夜《よ》にし老《お》ゆらし
かりそめに忘れても見まし
石だたみ
春|生《お》ふる草に埋《うも》るるがごと
その昔|揺籃《ゆりかご》に寝て
あまたたび夢にみし人か
切《せち》になつかし
神無月《かみなづき》
岩手《いはて》の山の
初雪の眉《まゆ》にせまりし朝を思ひぬ
ひでり雨さらさら落ちて
前栽《せんざい》の
萩《はぎ》のすこしく乱《みだ》れたるかな
秋の空|廓寥《くわくれう》として影もなし
あまりにさびし
烏《からす》など飛べ
雨後《うご》の月
ほどよく濡《ぬ》れし屋根瓦《やねがはら》の
そのところどころ光るかなしさ
われ饑《う》ゑてある日に
細き尾を掉《ふ》りて
饑ゑて我を見る犬の面《つら》よし
いつしかに
泣くといふこと忘れたる
我泣かしむる人のあらじか
汪然《わうぜん》として
ああ酒のかなしみぞ我に来《きた》れる
立ちて舞《ま》ひなむ
※[#「蚊」の「文」に代えて「車」、第3水準1−91−55]《いとど》鳴《な》く
そのかたはらの石に踞《きよ》し
泣き笑ひしてひとり物言ふ
力なく病《や》みし頃《ころ》より
口すこし開《あ》きて眠《ねむ》るが
癖《くせ》となりにき
人ひとり得《う》るに過ぎざる事をもて
大願《たいぐわん》とせし
若きあやまち
物|怨《ゑ》ずる
そのやはらかき上目《うはめ》をば
愛《め》づとことさらつれなくせむや
かくばかり熱《あつ》き涙は
初恋の日にもありきと
泣く日またなし
長く長く忘れし友に
会ふごとき
よろこびをもて水の音|聴《き》く
秋の夜の
鋼鉄《はがね》の色の大空に
火を噴《は》く山もあれなど思ふ
岩手山《いはてやま》
秋はふもとの三方《さんぱう》の
野に満つる虫を何《なに》と聴くらむ
父のごと秋はいかめし
母のごと秋はなつかし
家《いへ》持たぬ児《こ》に
秋|来《く》れば
恋《こ》ふる心のいとまなさよ
夜《よ》もい寝《ね》がてに雁《かり》多く聴く
長月《ながつき》も半《なか》ばになりぬ
いつまでか
かくも幼く打出《うちい》でずあらむ
思ふてふこと言はぬ人の
おくり来《き》し
忘れな草《ぐさ》もいちじろかりし
秋の雨に逆反《さかぞ》りやすき弓《ゆみ》のごと
このごろ
君のしたしまぬかな
松の風|夜昼《よひる》ひびきぬ
人|訪《と》はぬ山の祠《ほこら》の
石馬《いしうま》の耳に
ほのかなる朽木《くちき》の香《かを》り
そがなかの蕈《たけ》の香りに
秋やや深し
時雨《しぐれ》降るごとき音して
木伝《こづた》ひぬ
人によく似し森の猿《さる》ども
森の奥
遠きひびきす
木《き》のうろに臼《うす》ひく侏儒《しゆじゆ》の国にかも来《き》し
世のはじめ
まづ森ありて
半神《はんしん》の人そが中に火や守りけむ
はてもなく砂うちつづく
戈壁《ゴビ》の野に住みたまふ神は
秋の神かも
あめつちに
わが悲しみと月光《げつくわう》と
あまねき秋の夜《よ》となれりけり
うらがなしき
夜《よる》の物の音《ね》洩《も》れ来《く》るを
拾《ひろ》ふがごとくさまよひ行《ゆ》きぬ
旅の子の
ふるさとに来《き》て眠るがに
げに静かにも冬の来《き》しかな
忘れがたき人人
一
潮《しほ》かをる北の浜辺《はまべ》の
砂山のかの浜薔薇《はまなす》よ
今年も咲けるや
たのみつる年の若さを数《かぞ》へみて
指を見つめて
旅がいやになりき
三度《みたび》ほど
汽車の窓よりながめたる町の名なども
したしかりけり
函館《はこだて》の床屋《とこや》の弟子《でし》を
おもひ出《い》でぬ
耳|剃《そ》らせるがこころよかりし
わがあとを追ひ来《き》て
知れる人もなき
辺土《へんど》に住みし母と妻かな
船に酔《ゑ》ひてやさしくなれる
いもうとの眼《め》見ゆ
津軽《つがる》の海を思へば
目を閉《と》ぢて
傷心《しやうしん》の句を誦《ず》してゐし
友の手紙のおどけ悲しも
をさなき時
橋の欄干《らんかん》に糞《くそ》塗《ぬ》りし
話も友はかなしみてしき
おそらくは生涯《しやうがい》妻をむかへじと
わらひし友よ
今もめとらず
あはれかの
眼鏡《めがね》の縁《ふち》をさびしげに光らせてゐし
女教師よ
友われに飯《めし》を与へき
その友に背《そむ》きし我の
性《さが》のかなしさ
函館《はこだて》の青柳町《あをやなぎちやう》こそかなしけれ
友の恋歌《こひうた》
矢ぐるまの花
ふるさとの
麦のかをりを懐《なつ》かしむ
女の眉《まゆ》にこころひかれき
あたらしき洋書の紙の
香《か》をかぎて
一途《いちづ》に金《かね》を欲《ほ》しと思ひしが
しらなみの寄せて騒《さわ》げる
函館の大森浜《おほもりはま》に
思ひしことども
朝な朝な
支那《しな》の俗歌《ぞくか》をうたひ出《い》づる
まくら時計を愛《め》でしかなしみ
漂泊《へうはく》の愁《うれ》ひを叙《じよ》して成《な》らざりし
草稿《さうかう》の字の
読みがたさかな
いくたびか死なむとしては
死なざりし
わが来《こ》しかたのをかしく悲し
函館の臥牛《ぐわぎう》の山《やま》の半腹《はんぷく》の
碑《ひ》の漢詩《からうた》も
なかば忘れぬ
むやむやと
口の中《うち》にてたふとげの事を呟《つぶや》く
乞食《こじき》もありき
とるに足らぬ男と思へと言ふごとく
山に入《い》りにき
神のごとき友
巻煙草《まきたばこ》口にくはへて
浪《なみ》あらき
磯《いそ》の夜霧に立ちし女よ
演習のひまにわざわざ
汽車に乗りて
訪《と》ひ来《き》し友とのめる酒かな
大川《おほかは》の水の面《おもて》を見るごとに
郁雨《いくう》よ
君のなやみを思ふ
智慧《ちゑ》とその深き慈悲《じひ》とを
もちあぐみ
為《な》すこともなく友は遊べり
こころざし得《え》ぬ人人の
あつまりて酒のむ場所が
我が家なりしかな
かなしめば高く笑ひき
酒をもて
悶《もん》を解《げ》すといふ年上の友
若くして
数人《すにん》の父となりし友
子なきがごとく酔《ゑ》へばうたひき
さりげなき高き笑ひが
酒とともに
我が腸《はらわた》に沁《し》みにけらしな
※[#「呎」の「尺」に代えて「去」、第3水準1−14−91]呻《あくび》噛《か》み
夜汽車の窓に別れたる
別れが今は物足《ものた》らぬかな
雨に濡れし夜汽車の窓に
映《うつ》りたる
山間《やまあひ》の町のともしびの色
雨つよく降る夜の汽車の
たえまなく雫《しづく》流るる
窓硝子《まどガラス》かな
真夜中の
倶知安駅《くちあんえき》に下《お》りゆきし
女の鬢《びん》の古き痍《きず》あと
札幌《さつぽろ》に
かの秋われの持てゆきし
しかして今も持てるかなしみ
アカシヤの街※[#「榎」の「夏」に代えて「越」、第3水準1−86−11]《なみき》にポプラに
秋の風
吹くがかなしと日記《にき》に残れり
しんとして幅広き街《まち》の
秋の夜の
玉蜀黍《たうもろこし》の焼くるにほひよ
わが宿の姉と妹《いもと》のいさかひに
初夜《しよや》過ぎゆきし
札幌の雨
石狩《いしかり》の美国《びくに》といへる停車場の
柵《さく》に乾《ほ》してありし
赤き布片《きれ》かな
かなしきは小樽《をたる》の町よ
歌ふことなき人人の
声の荒さよ
泣くがごと首ふるはせて
手の相《さう》を見せよといひし
易者《えきしや》もありき
いささかの銭《ぜに》借《か》りてゆきし
わが友の
後姿《うしろすがた》の肩《かた》の雪かな
世わたりの拙《つたな》きことを
ひそかにも
誇《ほこ》
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