れにけるかな
朝はやく
婚期《こんき》を過ぎし妹の
恋文《こひぶみ》めける文《ふみ》を読めりけり
しっとりと
水を吸《す》ひたる海綿《かいめん》の
重さに似たる心地《ここち》おぼゆる
死ね死ねと己《おのれ》を怒《いか》り
もだしたる
心の底の暗きむなしさ
けものめく顔あり口をあけたてす
とのみ見てゐぬ
人の語るを
親と子と
はなればなれの心もて静かに対《むか》ふ
気まづきや何《な》ぞ
かの船の
かの航海の船客《せんかく》の一人にてありき
死にかねたるは
目の前の菓子皿《くわしざら》などを
かりかりと噛《か》みてみたくなりぬ
もどかしきかな
よく笑ふ若き男の
死にたらば
すこしはこの世さびしくもなれ
何がなしに
息《いき》きれるまで駆《か》け出《だ》してみたくなりたり
草原《くさはら》などを
あたらしき背広など着て
旅をせむ
しかく今年《ことし》も思ひ過ぎたる
ことさらに燈火《ともしび》を消して
まぢまぢと思ひてゐしは
わけもなきこと
浅草の凌雲閣《りよううんかく》のいただきに
腕組みし日の
長き日記《にき》かな
尋常《じんじやう》のおどけならむや
ナイフ持ち死
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