ひし町の女の
どれもどれも
恋にやぶれて帰るごとき日

汽車の旅
とある野中《のなか》の停車場の
夏草の香《か》のなつかしかりき

朝まだき
やっと間《ま》に合《あ》ひし初秋《はつあき》の旅出《たびで》の汽車の
堅《かた》き麺麭《ぱん》かな

かの旅の夜汽車の窓に
おもひたる
我がゆくすゑのかなしかりしかな

ふと見れば
とある林の停車場の時計とまれり
雨の夜《よ》の汽車

わかれ来《き》て
燈火《あかり》小暗《をぐら》き夜の汽車の窓に弄《もてあそ》ぶ
青き林檎《りんご》よ

いつも来《く》る
この酒肆《さかみせ》のかなしさよ
ゆふ日|赤赤《あかあか》と酒に射《さ》し入《い》る

白き蓮沼《はすぬま》に咲くごとく
かなしみが
酔《ゑ》ひのあひだにはっきりと浮く

壁《かべ》ごしに
若き女の泣くをきく
旅の宿屋の秋の蚊帳《かや》かな

取りいでし去年《こぞ》の袷《あはせ》の
なつかしきにほひ身に沁《し》む
初秋《はつあき》の朝

気にしたる左の膝《ひざ》の痛みなど
いつか癒《なほ》りて
秋の風吹く

売り売りて
手垢《てあか》きたなきドイツ語の辞書のみ残る
夏の末かな

ゆゑもなく憎《に
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