なしとも見き
やや長きキスを交《かは》して別れ来《き》し
深夜の街の
遠き火事かな
病院の窓のゆふべの
ほの白《じろ》き顔にありたる
淡《あは》き見覚《みおぼ》え
何時《いつ》なりしか
かの大川《おほかは》の遊船《いうせん》に
舞《ま》ひし女をおもひ出《で》にけり
用もなき文《ふみ》など長く書きさして
ふと人こひし
街に出《で》てゆく
しめらへる煙草《たばこ》を吸へば
おほよその
わが思ふことも軽《かろ》くしめれり
するどくも
夏の来《きた》るを感じつつ
雨後《うご》の小庭《こには》の土の香《か》を嗅《か》ぐ
すずしげに飾《かざ》り立てたる
硝子屋《ガラスや》の前にながめし
夏の夜の月
君来るといふに夙《と》く起き
白シャツの
袖《そで》のよごれを気にする日かな
おちつかぬ我が弟の
このごろの
眼のうるみなどかなしかりけり
どこやらに杭《くひ》打つ音し
大桶《おほをけ》をころがす音し
雪ふりいでぬ
人気《ひとけ》なき夜《よ》の事務室に
けたたましく
電話の鈴《りん》の鳴りて止みたり
目さまして
ややありて耳に入《い》り来《きた》る
真夜中すぎの話声かな
見てを
前へ
次へ
全48ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング