よごれたる
吸取紙《すひとりがみ》をなつかしむかな

手にためし雪の融《と》くるが
ここちよく
わが寐飽《ねあ》きたる心には沁《し》む

薄れゆく障子《しやうじ》の日影《ひかげ》
そを見つつ
こころいつしか暗くなりゆく

ひやひやと
夜は薬の香《か》のにほふ
医者が住みたるあとの家《いへ》かな

窓硝子《まどガラス》
塵《ちり》と雨とに曇《くも》りたる窓硝子にも
かなしみはあり

六年《むとせ》ほど日毎日毎《ひごとひごと》にかぶりたる
古き帽子も
棄《す》てられぬかな

こころよく
春のねむりをむさぼれる
目にやはらかき庭の草かな

赤煉瓦《あかれんぐわ》遠くつづける高塀《たかべい》の
むらさきに見えて
春の日ながし

春の雪
銀座の裏の三階の煉瓦|造《づくり》に
やはらかに降る

よごれたる煉瓦の壁に
降りて融《と》け降りては融くる
春の雪かな

目を病《や》める
若き女の倚《よ》りかかる
窓にしめやかに春の雨降る

あたらしき木のかをりなど
ただよへる
新開町《しんかいまち》の春の静けさ

春の街《まち》
見よげに書ける女名《をんなな》の
門札《かどふだ》などを読みありくかな


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