たる
大切の言葉は今も
胸にのこれど

真白《ましろ》なるラムプの笠《かさ》の
瑕《きず》のごと
流離の記憶消しがたきかな

函館《はこだて》のかの焼跡《やけあと》を去りし夜《よ》の
こころ残りを
今も残しつ

人がいふ
鬢《びん》のほつれのめでたさを
物書く時の君に見たりし

馬鈴薯《ばれいしよ》の花咲く頃と
なれりけり
君もこの花を好きたまふらむ

山の子の
山を思ふがごとくにも
かなしき時は君を思へり

忘れをれば
ひょっとした事が思ひ出の種《たね》にまたなる
忘れかねつも

病《や》むと聞き
癒《い》えしと聞きて
四百里《しひやくり》のこなたに我はうつつなかりし

君に似し姿を街《まち》に見る時の
こころ躍《をど》りを
あはれと思へ

かの声を最一度《もいちど》聴《き》かば
すっきりと
胸や霽《は》れむと今朝《けさ》も思へる

いそがしき生活《くらし》のなかの
時折《ときおり》のこの物おもひ
誰《たれ》のためぞも

しみじみと
物うち語る友もあれ
君のことなど語り出《い》でなむ

死ぬまでに一度会はむと
言ひやらば
君もかすかにうなづくらむか

時として
君を思へば
安かりし心
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