船が低く浮かべり
三味線《さみせん》の絃《いと》のきれしを
火事のごと騒ぐ子ありき
大雪の夜《よ》に
神のごと
遠く姿をあらはせる
阿寒《あかん》の山の雪のあけぼの
郷里《くに》にゐて
身投げせしことありといふ
女の三味《さみ》にうたへるゆふべ
葡萄色《えびいろ》の
古き手帳にのこりたる
かの会合《あひびき》の時と処《ところ》かな
よごれたる足袋《たび》穿《は》く時の
気味《きみ》わるき思ひに似たる
思出《おもひで》もあり
わが室《へや》に女泣きしを
小説のなかの事かと
おもひ出《い》づる日
浪淘沙《らうたうさ》
ながくも声をふるはせて
うたふがごとき旅なりしかな
二
いつなりけむ
夢にふと聴《き》きてうれしかりし
その声もあはれ長く聴かざり
頬《ほ》の寒き
流離《りうり》の旅の人として
路《みち》問《と》ふほどのこと言ひしのみ
さりげなく言ひし言葉は
さりげなく君も聴きつらむ
それだけのこと
ひややかに清き大理石《なめいし》に
春の日の静かに照るは
かかる思ひならむ
世の中の明るさのみを吸ふごとき
黒き瞳《ひとみ》の
今も目にあり
かの時に言ひそびれ
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