にき
おのづから
悪酒《あくしゆ》の酔《ゑ》ひにたふるるまでも

死ぬばかり我が酔《ゑ》ふをまちて
いろいろの
かなしきことを囁《ささや》きし人

いかにせしと言へば
あをじろき酔《ゑ》ひざめの
面《おもて》に強《し》ひて笑《ゑ》みをつくりき

かなしきは
かの白玉《しらたま》のごとくなる腕に残せし
キスの痕《あと》かな

酔《ゑ》ひてわがうつむく時も
水ほしと眼《め》ひらく時も
呼びし名なりけり

火をしたふ虫のごとくに
ともしびの明るき家《いへ》に
かよひ慣《な》れにき

きしきしと寒さに踏めば板《いた》軋《きし》む
かへりの廊下の
不意のくちづけ

その膝《ひざ》に枕《まくら》しつつも
我がこころ
思ひしはみな我のことなり

さらさらと氷の屑《くづ》が
波に鳴る
磯の月夜のゆきかへりかな

死にしとかこのごろ聞きぬ
恋がたき
才《さい》あまりある男なりしが

十年《ととせ》まへに作りしといふ漢詩《からうた》を
酔《ゑ》へば唱《とな》へき
旅に老《お》いし友

吸ふごとに
鼻がぴたりと凍《こほ》りつく
寒き空気を吸ひたくなりぬ

波もなき二月の湾《わん》に
白塗《しろぬり》の
外国
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