日《ひいちにち》
汽車のひびきに心まかせぬ

さいはての駅に下《お》り立ち
雪あかり
さびしき町にあゆみ入《い》りにき

しらしらと氷かがやき
千鳥なく
釧路《くしろ》の海の冬の月かな

こほりたるインクの罎《びん》を
火に翳《かざ》し
涙ながれぬともしびの下《もと》

顔とこゑ
それのみ昔に変らざる友にも会ひき
国の果《はて》にて

あはれかの国のはてにて
酒のみき
かなしみの滓《をり》を啜《すす》るごとくに

酒のめば悲しみ一時に湧《わ》き来《く》るを
寐《ね》て夢みぬを
うれしとはせし

出《だ》しぬけの女の笑ひ
身に沁《し》みき
厨《くりや》に酒の凍《こほ》る真夜中

わが酔《ゑ》ひに心いためて
うたはざる女ありしが
いかになれるや

小奴《こやつこ》といひし女の
やはらかき
耳朶《みみたぼ》なども忘れがたかり

よりそひて
深夜《しんや》の雪の中に立つ
女の右手《めて》のあたたかさかな

死にたくはないかと言へば
これ見よと
咽喉《のんど》の痍《きず》を見せし女かな

芸事《げいごと》も顔も
かれより優《すぐ》れたる
女あしざまに我を言へりとか

舞《ま》へといへば立ちて舞ひ
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