《のりあひ》の砲兵士官《はうへいしくわん》の
剣の鞘《さや》
がちゃりと鳴るに思ひやぶれき
名のみ知りて縁《えん》もゆかりもなき土地の
宿屋《やどや》安けし
我が家《いへ》のごと
伴《つれ》なりしかの代議士の
口あける青き寐顔《ねがほ》を
かなしと思ひき
今夜こそ思ふ存分《ぞんぶん》泣いてみむと
泊《とま》りし宿屋の
茶のぬるさかな
水蒸気
列車の窓に花のごと凍《い》てしを染《そ》むる
あかつきの色
ごおと鳴る凩《こがらし》のあと
乾《かわ》きたる雪舞ひ立ちて
林を包《つつ》めり
空知川《そらちがは》雪に埋《うも》れて
鳥も見えず
岸辺《きしべ》の林に人ひとりゐき
寂莫《せきばく》を敵とし友とし
雪のなかに
長き一生を送る人もあり
いたく汽車に疲れて猶《なほ》も
きれぎれに思ふは
我のいとしさなりき
うたふごと駅の名呼びし
柔和《にうわ》なる
若き駅夫《えきふ》の眼をも忘れず
雪のなか
処処《しよしよ》に屋根見えて
煙突《えんとつ》の煙《けむり》うすくも空にまよへり
遠くより
笛《ふえ》ながながとひびかせて
汽車今とある森林に入《い》る
何事も思ふことなく
日一
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