《い》で来《き》しさびしき心

愛犬《あいけん》の耳|斬《き》りてみぬ
あはれこれも
物に倦《う》みたる心にかあらむ

鏡《かがみ》とり
能《あた》ふかぎりのさまざまの顔をしてみぬ
泣き飽《あ》きし時

なみだなみだ
不思議なるかな
それをもて洗《あら》へば心|戯《おど》けたくなれり

呆《あき》れたる母の言葉に
気がつけば
茶碗《ちやわん》を箸《はし》もて敲《たた》きてありき

草に臥《ね》て
おもふことなし
わが額《ぬか》に糞《ふん》して鳥は空に遊べり

わが髭《ひげ》の
下向く癖《くせ》がいきどほろし
このごろ憎《にく》き男に似たれば

森の奥より銃声《じうせい》聞ゆ
あはれあはれ
自《みづか》ら死ぬる音のよろしさ

大木《たいぼく》の幹《みき》に耳あて
小半日《こはんにち》
堅《かた》き皮をばむしりてありき

「さばかりの事に死ぬるや」
「さばかりの事に生くるや」
止《よ》せ止せ問答

まれにある
この平《たひら》なる心には
時計の鳴るもおもしろく聴《き》く

ふと深き怖れを覚え
ぢっとして
やがて静かに臍《ほそ》をまさぐる

高山《たかやま》のいただきに登り
なにがなしに帽子
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