ろこびをもて水の音|聴《き》く

秋の夜の
鋼鉄《はがね》の色の大空に
火を噴《は》く山もあれなど思ふ

岩手山《いはてやま》
秋はふもとの三方《さんぱう》の
野に満つる虫を何《なに》と聴くらむ

父のごと秋はいかめし
母のごと秋はなつかし
家《いへ》持たぬ児《こ》に

秋|来《く》れば
恋《こ》ふる心のいとまなさよ
夜《よ》もい寝《ね》がてに雁《かり》多く聴く

長月《ながつき》も半《なか》ばになりぬ
いつまでか
かくも幼く打出《うちい》でずあらむ

思ふてふこと言はぬ人の
おくり来《き》し
忘れな草《ぐさ》もいちじろかりし

秋の雨に逆反《さかぞ》りやすき弓《ゆみ》のごと
このごろ
君のしたしまぬかな

松の風|夜昼《よひる》ひびきぬ
人|訪《と》はぬ山の祠《ほこら》の
石馬《いしうま》の耳に

ほのかなる朽木《くちき》の香《かを》り
そがなかの蕈《たけ》の香りに
秋やや深し

時雨《しぐれ》降るごとき音して
木伝《こづた》ひぬ
人によく似し森の猿《さる》ども

森の奥
遠きひびきす
木《き》のうろに臼《うす》ひく侏儒《しゆじゆ》の国にかも来《き》し

世のはじめ
まづ森ありて

前へ 次へ
全48ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング