雨さらさら落ちて
前栽《せんざい》の
萩《はぎ》のすこしく乱《みだ》れたるかな

秋の空|廓寥《くわくれう》として影もなし
あまりにさびし
烏《からす》など飛べ

雨後《うご》の月
ほどよく濡《ぬ》れし屋根瓦《やねがはら》の
そのところどころ光るかなしさ

われ饑《う》ゑてある日に
細き尾を掉《ふ》りて
饑ゑて我を見る犬の面《つら》よし

いつしかに
泣くといふこと忘れたる
我泣かしむる人のあらじか

汪然《わうぜん》として
ああ酒のかなしみぞ我に来《きた》れる
立ちて舞《ま》ひなむ

※[#「蚊」の「文」に代えて「車」、第3水準1−91−55]《いとど》鳴《な》く
そのかたはらの石に踞《きよ》し
泣き笑ひしてひとり物言ふ

力なく病《や》みし頃《ころ》より
口すこし開《あ》きて眠《ねむ》るが
癖《くせ》となりにき

人ひとり得《う》るに過ぎざる事をもて
大願《たいぐわん》とせし
若きあやまち

物|怨《ゑ》ずる
そのやはらかき上目《うはめ》をば
愛《め》づとことさらつれなくせむや

かくばかり熱《あつ》き涙は
初恋の日にもありきと
泣く日またなし

長く長く忘れし友に
会ふごとき

前へ 次へ
全48ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング