しやうじ》をはりかへぬ
その日はそれにて心なごみき
かうしては居《を》られずと思ひ
立ちにしが
戸外《おもて》に馬の嘶《いなな》きしまで
気ぬけして廊下《らうか》に立ちぬ
あららかに扉《ドア》を推《お》せしに
すぐ開《あ》きしかば
ぢっとして
黒はた赤のインク吸ひ
堅くかわける海綿《かいめん》を見る
誰《たれ》が見ても
われをなつかしくなるごとき
長き手紙を書きたき夕《ゆふべ》
うすみどり
飲めば身体《からだ》が水のごと透《す》きとほるてふ
薬はなきか
いつも睨《にら》むラムプに飽《あ》きて
三日《みか》ばかり
蝋燭《らふそく》の火にしたしめるかな
人間のつかはぬ言葉
ひょっとして
われのみ知れるごとく思ふ日
あたらしき心もとめて
名も知らぬ
街など今日《けふ》もさまよひて来《き》ぬ
友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来《き》て
妻《つま》としたしむ
何《なに》すれば
此処《ここ》に我ありや
時にかく打驚《うちおどろ》きて室《へや》を眺むる
人ありて電車のなかに唾《つば》を吐《は》く
それにも
心いたまむとしき
夜明けまであそびてくらす場所が欲《ほ》し
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