のなかから唇を尖らせました。
「私の坐りやうがいけないんですか」
私は面喰つて、きちんと行儀よく坐つた自分の膝に眼を落しました。
「いかん。断じていかん」老人は南瓜《かぼちや》のやうな大きな禿げた頭を横にふりました。「すべて目上の人と差し向ひでゐる時に、座蒲団の真ん中に坐るといふ法はない。膝を前にのり出し敷物を後にずらしておくのがむかしからの慣例《しきたり》ぢや。俺は田舎爺ぢやが、かう見えてもお前に比べるとずつと先輩なんぢやからの」
「それぢや、かうすればいいんですか」
私は笑ひ笑ひ膝を前にのり出しました。蒲団の綿が厚いので、私の体は畳付《たたみつき》の悪い徳利のやうにどうかすると前へのめりさうでした。
「さう、それで本当の坐りやうぢや」
老人はやつと機嫌を直して、大きな掌面《てのひら》で皺くちやな顔を撫でまはしました。
次の間の襖が細目にすうと開いて、誰だかそつとこちらの様子を覗いてゐるらしく見えましたが、やがて中年過ぎの、笑顔のいい、上品な尼さんが、いそいそと茶をもつて入つてきました。
「まあ、まあ。どなたやしらん思ふたら、北畠さんどすかいな。まづ明けましておめでたう存じま
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