つたか、帽子をとつて丁寧にお辞儀をしました。
「はい、神戸の者でございます」
「神戸の奴か。ぢや、法隆寺は初めてぢやの」
「はい、仰せの通り初めてでございます。どうも御立派なものでございますな」
 神戸ものの紳士は、この得体のわからない横柄な老人が、その皺くちやな手ひとつで法隆寺を造り上げでもしたかのやうに言つて、またしてもお辞儀を一つつけ加へました。
「一人で見て歩いたつて、お前たちに何が解るもんか。今この男を(と、老人はちよつと顎で私のはうをしやくつて見せながら)中宮寺へ案内してやるところぢやから、お前も一緒についてきたがよからう」
「有り難うございます。それぢやお供させていただきます」
 紳士はかう言つて、私にもちよつと目礼をしました。
「ついてくるか。いい心掛けぢや。しばらくでも俺と一緒にゐたら、きつと賢くなれるからの」
 老人は独語《ひとりごと》のやうに言つてゐましたが、ぶきつちよな手つきで胸釦をはづしたと思ふと、着古した禿げちよろけの外套を脱いで、それを紳士の前に突き出しました。
「こんなものを着てゐると、肩が凝《こ》つていかん。お前は手ぶらのやうだから持つとつてくれ」
 
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